佐原の町並みを歩いていると、
「ここ、ふつうの店じゃないな」と感じる瞬間があります。

植田屋荒物店は、まさにそういう店でした。
店内に並ぶのは、たとえば竹、木、藁。
“派手な観光土産”ではなく、生活の道具。

でも話を聞いていくと、その道具は単なる日用品じゃなくて、
日本の美意識そのものみたいに見えてきます。

今回お話を伺ったのは、植田屋荒物店の辻新次さん。
言葉はぶっきらぼうにも聞こえるのに、
道具の説明は驚くほど丁寧で、正確です。

辻さんが最後に自分のキャッチコピーとして出したのは、これでした。
間違ったことは説明しない
その一言が、この店の全部を表している気がしました。

植田屋荒物店の外観の様子

植田屋荒物店の店内の様子

「浮気心を起こしてたら、商売なんてできない」

ゆーみん:
まず辻さんご自身が、これまでどんなふうにこの店を続けてこられたのか、伺ってもいいですか?

辻さん:
そんな難しいこと言ったって…(笑)荒物のことは親から言われたし、
その通りに品物のノウハウをお客さんに伝えたり、そういうことだよ。

「この道具はこう使う」
「これはこういう欠点がある」
そういう“当たり前の知識”を、当たり前の精度で伝える。
辻さんの仕事は、そこに尽きるように聞こえました。

ゆーみん:
他の仕事をしてみようとか、全く思わなかったんですか?

辻さん:
仕事して、そんなことは全然思わないね。
浮気心を起こしてたら商売なんかできるわけないからねぇ。
二足のわらじは履けねえから。

この言葉が、妙に残ります。
「商売は、目の前のことを一生懸命やる」
辻さんは、その“鉄則”を信じている人でした。

1759年創業。伊能家への恩義が、店の始まりにあった

辻さんの話は、ときどき時間軸が一気に飛びます。
植田屋荒物店の始まりは、1759年

辻さん:
250年だな。1759年が創業。近江から出てきて、ここで商売を始めたんだよ。
伊能家の中継さんが来る前から、伊能家から土地を借りて商売を始めた。恩義があるからね。

伊能家に場所を借りて店を出すことができた。
その恩義があるから、こちらも知恵を出した。
“商売”の話なのに、そこに“恩義”という言葉が自然に入ってくる。

さらに辻さんは、伊能忠敬についても独自の語り口で話します。
「息子として釣り合いを取るために、どこか位の高い家の息子にした」
そういう話を挟みながら、
忠敬が何をして、どう評価されていったのかを語っていきます。

辻さん:
忠敬は地図を作るのが好きだったんじゃない。
天文学も勉強して、ポイントごとに測って、狂いがない。大したもんだってことだ。

荒物店の店主が、町の歴史をこういう密度で語る。
それ自体が、佐原らしいと思いました。

荒物とは何か。「地面から出たものを、家庭で使う道具」

ゆーみん:
改めてなんですけど、「荒物」って何なんですか?

辻さん:
荒物っていうのは、地面から出たものを素材として、家庭内で使われる道具。
最後には土に帰る。今で言うエコ商品だ。

竹でも、木でも、藁でも。
燃やせば灰になって土に入る。
腐らせても土になる。

辻さん:
無理やり土の中から掘り起こして持ってきたものは、残るのは害だけだ。
石油にしろ石炭にしろ…そういうことだよ。

この言い方は強いけれど、
言っていることは「生活道具の循環」の話です。

荒物は、便利さのために“増やす道具”じゃなくて、
暮らしの中で“馴染ませて、最後は還す道具”。

辻さんの説明を聞いていると、
荒物が「日本の美意識が生きる道具」という言葉に、ちゃんと芯が入っていきます。

「正直にやる」

辻さんが大事にしている価値観は、とても明確でした。

辻さん:
間違ったことは言わない。騙して商売はできるわけない。
正直なことをしてやる。
答えていいことは答えてもいいし、答えちゃいけないことは答えない。

ゆーみん:
例えば、どんなことが「答えちゃいけないこと」なんですか?

辻さん:
「これどこで買ったんですか」って聞かれて、
全部言ったら、自分の情報を他人に持っていかれちゃうだろ(笑)
大体は言えるけど、どこの地区の誰々から買ってます、みたいなのは言えない。

正直であることと、商売を守ること。
でも、実際にそれを毎日やり続けるのは簡単じゃない。

「正直」には、技術がいる。
辻さんはそういう人でした。

まちぐるみ博物館としての植田屋荒物店

ゆーみん:
まちぐるみ博物館としては、どんなものが“展示”になっているんですか?

辻さん:
うちの先祖が使った道具類を見せてるわけ。

辻さんの話では、先祖が使っていた道具が並び、
その中には「辻忠太郎がやった道具」の話も出てきました。
さらに、店内には少し意外なものも混ざっています。

辻さん:
(展示には)テニスのラケットもあるけどな。

生活道具だけじゃなく、
“家の時間”がそのまま置かれている感じ。
植田屋荒物店のまちぐるみ博物館は、
モノの珍しさというより「暮らしが積層した展示」だと思いました。

様々な道具が並ぶ植田屋荒物店のまちぐるみ博物館

キャッチコピーは「間違ったことは説明しない店主」

ゆーみん:
最後に、辻さんご自身にキャッチコピーをつけるなら、どんな言葉がいいですか?

辻さん:
間違ったことは説明しない
どんな道具でも、聞かれたら利点と欠点を言う。
自分の知ってる限りは丁寧に説明する。知らないものは言わない。
“何でも答える”じゃなくて、
“知っている範囲を、正確に答える”。
それが辻さんの流儀です。

観光地の店だと、話を「盛る」こともできる。
でも辻さんは盛らない。
正確さで信頼を積み上げる。

植田屋荒物店が長く続いてきた理由は、
結局ここにあるんだと思いました。

取材後記

植田屋荒物店で印象に残ったのは、
道具の話のはずなのに、ずっと「商売の姿勢」の話をしていたことです。

浮気しない。
正直にやる。
間違ったことは言わない。
知らないことは言わない。

どれも当たり前のようで、
当たり前にやり続けるのが一番難しい。

荒物は土に帰る。
でもその前に、人の手に馴染んで、暮らしを支える。
植田屋荒物店は、その“馴染ませ方”を教えてくれるお店でした。