佐原の町並みを歩いていると、ふっと時間の流れが緩むような感覚になることがあります。
観光地として知られている一方で、どこか生活の匂いが残っていて、店先の空気や建物の佇まいに、自然と足が止まる。
そんな佐原で、江戸時代から油を搾り続けてきたのが「油茂製油」です。
創業は寛永年間(1630年頃)。日本最古の油屋とも言われています。
建物は明治25年に建てられたもの。店に一歩入ると、長い年月をかけて積み重なってきた空気が、そのまま残っているように感じられます。

油茂製油の外観の様子

今回お話を伺ったのは、22代目の並木茂徳さん。
インタビューの最後に「ご自身を一言で表すとしたら?」と聞くと、少し間を置いて、こんな言葉が返ってきました。

ノー天気の天然親父かな。何考えてるの?って言われるけど、実は何も考えてないんだよね」

この一言だけでも、並木さんの柔らかい人柄が伝わってきます。
でも話を聞いていくと、その言葉の奥には、長く商いを続けてきた人ならではの現実感がありました。

並木さんは、生まれも育ちも佐原。小学校から高校まで佐原で過ごし、佐原高校卒業後は大学へ進学しました。


大内:
佐原を一度離れていた時期もあったんですよね。

並木さん:
そうですね。大学を出てからは、出版社に勤めていました。
正直に言うと、商売の家で育ったから、商人にはなりたくなかったんですよ。

大内:
そうだったんですね。

並木さん:
スーツ着て、ネクタイ締めて、颯爽と働く姿に憧れていました。
でも、体を壊したりとか、いろいろあってね。結果的に地元に戻ってきました。

華々しいキャリアの話をするわけでもなく、「気づいたら戻ってきた」という語り口が、並木さんらしいと感じました。


商人としての日々は、想像以上に休みがありません。

大内:
日々の生活や働き方で、大切にしていることはありますか?

並木さん:
商人って、メリハリがないんですよ。定休日もなくて、基本は365日店を開けている。

大内:
大変だな、と思うことはありませんか?

並木さん:
うーん、それよりもね、「おいしかった」って言ってもらえる瞬間がいちばん嬉しいんです。
それだけで、ここまで続けてきたようなものですね。

もう一つ、並木さんの人生の転機になった出来事がありました。

並木さん:
インターネットですね。ホームページを作ったのが大きかった。
そのホームページをきっかけに、日本テレビの「どっちの料理ショー」から連絡が入ります。

並木さん:
カレーと担々麺の回で、テレビに出てた佐渡のラー油を送ってほしいって言われて。
放送後は、ファックスやメールの注文が一気に5,000件くらい来ました。
老舗の商いが、現代のメディアとつながった瞬間でした。


油茂製油の看板商品は、ごま油。その中でも、並木さんが大切にしているのが伝統製法「玉絞め」です。

並木さん:
すりごまを蒸して、お椀型の容器に入れて、それを御影石の“玉”で圧力をかけて搾るんです。

江戸時代は人力で行われていたこの製法。現在は大正期の機械を使っています。

並木さん:
この機械が壊れたら、もう修理できない。
そうなったら、廃業かもしれないね。(笑)

玉絞めのごま油は、搾油だけで1時間以上。全工程で4日かかります。
原料20kgから取れる油は、わずか7kg。

並木さん:
効率は悪いですよ。でも、味は全然違う。

その味を、並木さんはこう表現してくれました。

並木さん:
飲めるくらい自然な味。“ごまのジュース”みたいな感じです。

油茂製油で取り扱っているラー油の写真


油茂製油では、玉絞めのほかに「生搾り」のごま油も扱っています。
玉絞めは香りを楽しみたい人向けで、生で使うのがおすすめ。
生搾りは、サラダ油やオリーブオイル感覚で、洋食や中華にも幅広く使えるそうです。

大内:
おすすめの使い方はありますか?

並木さん:
卵焼きだね。目玉焼きじゃなくて卵焼き。
調味料なしでも、ごま油の香りだけでおいしくなるよ。

ラー油も人気で、「辛いだけのラー油はあり得ない」と並木さん。味噌汁やカップラーメンに少し垂らすのもおすすめだそうです。

油茂製油の店内の様子

油茂製油は、佐原まちぐるみ博物館の参加店舗でもあります。

大内:
まちぐるみ博物館については、どう感じていますか?

並木さん:
特別なことをしてる意識はないですね。
昔のポスターとか写真、道具を置いてるだけです。

でも、その「特別じゃなさ」こそが、まちぐるみ博物館の魅力なのかもしれません。
建物や商い、日々の営みそのものが展示になる。油茂製油では、まさにお店全体が博物館として機能しています。

油茂製油のまちぐるみ博物館の看板

取材後記

「ノー天気の天然親父」と笑う並木さんですが、その言葉の裏には、変えないことを選び続けてきた強さがありました。
油を搾る時間、店に立つ時間、そしてお客さんとの何気ない会話。その積み重ねが、今の油茂製油をつくっています。
佐原まちぐるみ博物館を巡るとき、この店ではぜひ、商品だけでなく、店の空気や道具、そして並木さんの言葉にも耳を傾けてみてください。