佐原のまちを舞台にした、香取中学校の社会体験学習レポート第一弾!
初回は2年生のゆいこさんが取材したコラムになります。訪れたのは、「水郷佐原 山車会館」佐原といえば大祭!中学生ならではの視点で山車のリアルについてまとめてくれました。
大祭を初めて見る方からベテランの方まで、思わず山車を見に行きたくなる内容となっています!
山車の人形のルーツ
山車に飾られている立派な人形をどのように決めているのかと尋ねると、その時代の町内の人たちが自由に決めているとのことでした。
例えば、現在山車会館には楠木正成という武将が乗った山車が展示されています。こちらは昭和10年に作られたそうですが、当時は天皇への忠義の武将としてとても人気があり、時代を超えた英雄のような存在だったから選ばれたのではないかということでした。
上宿の大人形は約50年前、山車を新しく造った時に飾り物を変更し、町内の皆さんの意見が一番だった「源 義経」に決まったそうです。町内の人形にも、それぞれの町の人とのエピソードが詰まっているんだなと感じます。

同じ人形を使ってもいいの?
「同じ人物を飾りたい町内が重なったらどうするんだろう?」と思っていたのですが、特に取り決めがあるということはないそうです。たとえば神武天皇は夏にも秋にも出てきますが、新宿と本宿など祭りが違えば同じ人物の人形を使ってもOKとのことでした。
基本的には「自分たちが飾りたいものを作る」というスタイルで、その中で一番人気があって「これが一番かっこいい」と思ったものを飾っているということでした。

かつての山車事情
昔は山車の大きさや豪華さで競い合っていたこともあったそうです。
特に人形をつくる職人さんはその時代その時代の超一流の人たちで、現在展示されている楠木正成の人形も当時のとても有名な人形師の方の作品だそうです。
彫刻も同じで、例えば江戸時代の代表的な彫刻師の作品として、残されているものもあるそうですよ。
ちなみに、これだけ大規模な山車一つにかかる予算は現在でいうと「億」という額がかかるそうですが、見当もつかないそうです。
山車のみどころ
せっかくなので山車の見所を聞いてみました。館長の萩原さんは「人形や彫刻の豪華さもだけど、曳き廻しているときのチームワークを見てほしい」とのことでした!たとえば「のの字廻し」の動きについて、ただ廻せばいいわけではないそうです。曳き廻しも場所ごとに理想的な動かし方が決まっているそうです。
特に山車の上に付いている提灯を揺らさずに曳き廻す技術などは昔から代々伝えられてきたそうです。
それをみんなで息を合わせてやることがとても大事なのだそうです。

また、「昔から同じように見えて実は細かいところは少しずつ変化している」「50年前までは”違うやり方”が正しかったこともある」というように、技術も伝統も長い年月をかけて進化し続けているそうです。
ただ豪華絢爛な山車を作ればいいだけではなくて、それをいかに上手く曳けるのか動かせるのか、各町内の腕の見せどころにもなっているそうです!
今年は3年に1度の「本祭」
そしてなんと言っても、今年の秋祭りでは3年に一度だけ行われる「本祭」があるそうです。2日目にすべての町内の山車がそろって町内をまわるという特別な日です。
今では祭りを仕切る「年番」は、3年ごとの持ち回りになっていますが、昭和前期までは10年や15年も続けて仕切っていた町内もあったそうですよ!
ルールが変わっても、町内のつながりは変わっていないと感じますね。

大祭はまさに佐原に住む人の人生
最後に「祭り仕切り役の年番」についての話がとても印象的でした。
祭りの運営責任の年番は、なんと秋祭りでは約40年に一度くらいしか回ってこないのだそうです。
「小学生の時に年番を経験した人が、40代になってもう一度年番を経験する。そして次にくるのは80代」と笑いながら話してくれました。
子どものときも大人になってからも大祭に関わるというのはとても素敵なことですね。
実際に高齢の方が真夏の炎天下で山車をひいている姿もあるそうで、この大祭が町の人の人生と深くつながっていることが伝わってきました。
社会体験学習・第一弾はいかがでしたか?
大祭で曳かれている山車が現在までどう変化してきたのか、まさに伝統と変革の歴史を感じることができます。
水郷佐原山車会館にいけばさらにニッチで面白いお話を聞くことができます!ぜひ山車の迫力にも圧倒されてみてください!
ゆいこさんありがとうございました!