佐原の町並みを歩いていると、
ふと、少し洋風な香りがするお菓子に出会います。

佐原ばやし(さわらばやし)

見た目はおまんじゅう。
でも食べると、バターがふわっと回って、甘さがやわらぐ。
和菓子の顔をしているのに、どこか洋菓子っぽい。

今回お話を伺ったのは、佐原ばやし本舗 ほていやの小倉久子さん。
最初に出てきた言葉が、印象に残りました。

「私の人生は、波瀾万丈だよ」

店の話を聞くつもりで行ったのに、
気づけば、町の空気の話や、夫の病気の話や、
「人が怖い」という正直な本音まで、全部つながってきました。

ほていやで販売されている佐原ばやし

ほていやの店内の様子


「私の人生、波瀾万丈」—主人が倒れてから、店は私が動かすことになった—

大内:
今回、まちぐるみ博物館の記事を作っていて。
お店のことも大事に書くんですけど、同時に店主さんが“どういう方なのか”を強めに出したくて。
小倉さんの人生も伺っていいですか?

小倉さん:
私の人生はね、波瀾万丈だよ。

まちぐるみ博物館が立ち上がった頃、小倉さんのそばにはご主人がいました。
でも、平成の初め頃 、平成3年くらいに体調を崩してしまった。

小倉さん:
主人がちょっと…それからあんまりお店のことはできなくなったんです。
体が不自由だったから、ほとんど動くことは私がやるからって。

そこから約15年。
ご主人が「この病気になって15年だよ」とおっしゃった年に亡くなられました。
それが平成18年です。

小倉さん:
それからは、私が代表でやるしかないからやってるんですけれども。
積極的にやる方でもなかったので、ちょっと困ってましたね。

“やるしかないから、やる”
小倉さんの話には、この言葉が何度も出てきます。
気合いや根性というより、生活の中で引き受けるしかなかった時間の積み重ね。
それが、今のほていやにつながっています。


洋菓子もやっていた。でも3年くらい前から縮めて、今は「佐原ばやし」が中心

小倉さん:
それまでは結構、洋菓子とか幅広くやってたんですけれども。
3年くらい前からちょっと縮めて、今は全くやらない状況になってしまったんです。

今は、ほていやの中心は「佐原ばやし」。
そして、店内には“模型”もある。

大内:
この模型って…すごいですね。

小倉さん:
昭和48年にね、こういうふうに復元してますよ、見てください。
本町内の山車、そっくりですから。

細部まで作られた模型は、
「お菓子屋の店内」というより、
まちの記憶を置いている場所みたいでした。

ほていやの店内に展示されている山車の模型


もう一つの“まちぐるみ”—書き物が残る店—

小倉さん:
もう一つの、まちぐるみ博物館の…書いたものがあるんだけど。

時雨乙羽(しぐれ おとは)さんと仕事をしていた頃。
そして作曲家の中山晋平さんの話。

会話の中で、いくつもの固有名詞が出てきました。
小倉さんの店は、商品だけじゃなくて、
“人のつながり”や“語り”が置かれている場所でもあるんだと思いました。

ほていやに展示されている時雨乙羽さんが書いた額


香川・伊吹島が見える街から佐原へ。地元じゃないから見えることがある

大内:
小倉さんは、佐原のご出身なんですか?

小倉さん:
私は地元じゃないのね。
生まれたところは…香川県の伊吹島が見える場所。

瀬戸内の島の話をしながら、
結婚して佐原に来た、と話してくれました。
(直島や、瀬戸大橋の話にも教えてくださりました。)

“地元の人”ではないからこそ、
佐原の空気の重さや、変化の難しさを、
言葉にできる部分があるのかもしれません。


「街の人が動いてないから」観光客に寄ってもらう店にしたい

大内:
ほていやさんとして、どんなお店にしたいですか?

小倉さん:
街の人が動いてないからね。
観光客の方に寄っていただけるようなお店にしたい。ただ、観光客が“無限にいる町”ではない。
香取神宮はすごいけれど、町まで引っ張ってくる仕組みが弱いかな。距離もある。歩くと1時間くらいかかります。


平成12年に建て替え。木造から洋式になったけれど、気持ちは残っている

小倉さん:
平成12年に建て替えたのね。
昔の木造で老朽化してたし、何かあったら大変っていうことで。
観光資源としては“昔の木造の方が良かった”という気持ちも少しある。
でも地震があったから結果として良かったかな。


「佐原ばやし」は普通のお饅頭じゃない。甘さがやわらぎ、バターが回る

大内:
佐原ばやしって、どういうお菓子なんですか?

小倉さん:
普通のお饅頭ではない。洋風だから。
あんこも甘さがやわらいで、バターが回っている。

「ビスケットキーみたい」って言われることもある。
でも出来上がった時は、本当に美味しいよ、と。

小倉さん:
出来たては特にね。全然違いますね。

ただし、出来たてを売っているわけではない。
(工場で出来たら少しもらって食べる、という話が微笑ましい)

そして、作るのが大変。
“なぜ大変か”を言語化するのが難しいタイプの大変さ。
「落ち着かない」という一言が出てきます。
手の感覚で作っているものは、だいたいそういう言い方になる。


「原点に戻せ」—同じものを守るのは、簡単じゃない—

小倉さん:
最初のスタッフ(昭和44年の頃)はもういないの。
最初のものと同じものができなくて。

原点に戻せるようにね。レシピがあるわけだから。

材料も変わってくる。
完全に同じ味は難しい。

でも「原点へ戻る」という態度が、
ほていやが続く理由なんだと思いました。

取材後の3月、ほていやさんに伺うと新作、さくら味の佐原ばやしが売っていました。
甘さと桜のしょっぱさがあって素敵な味が口に広がります!
訪れた時に、販売してたらぜひ購入してみてはいかがでしょうか。

ほていやで販売されているさくら味の佐原ばやし


キャッチコピーは「ちょっと怖がりなおかみさん」

大内:
最後に、店主さんの人柄が伝わるように、キャッチコピーを一言いただけますか?

小倉さん:
本当はね、あんまり喋りたくない方なんです。
人と喋るのが苦手で、外に出るのが嫌だったからね。

人は怖いじゃないですか。変なこと言ったりすると後悔するし。

大内:
じゃあ…「怖がりなおかみさん」とかどうですか?

小倉さん:
そうだね。会社の中では喋りまくってるけど、外に行ったら喋らない。

「怖がり」って、弱さじゃなくて、慎重さでもある。
言葉を選ぶ人の誠実さでもある。
小倉さんの“ちょっと怖がり”は、
この店を守ってきた性格の一部なんだと思いました。


取材後記

ほていやは、佐原ばやしを売るお店です。
でも、ただの菓子屋ではありません。

夫が倒れてから、動くのは自分だった。
店を継続するために、中心を佐原ばやしに絞った。
封建的な町の空気を見て、悲しさも抱えている。
それでも観光客に寄ってもらう店にしたいと思っている。

そして最後に「人が怖い」と言う。

その正直さが、
逆にこの店の強さなんだと思いました。