小野川沿いの町並みを歩いていると、「八木の耳かき」と書かれた看板が静かに立っています。
観光客が行き交う通りの中で、そこだけ時間の流れが少し違うように感じられます。
耳かき。
あまりにも日常的で、小さな道具。けれど、その一本を“工芸”として真正面から作り続けている人は、日本でもごくわずかです。

最近、「八木の耳かき」は千葉県の伝統的工芸品に認定されました。
耳かきという分野での認定は珍しく、その技術と継続性が評価された結果です。
祖父から父へ、そして自分へ
大内:
今日はよろしくお願いします。まず、八木さんのこれまでについて教えてください。
八木さん:
祖父が鉄工所をやっていて、父がその流れの中で耳かきを作り始めました。最
初は鉄を曲げて作っていたんです。その後、父が木に切り替えました。
竹製が主流の耳かきの世界で、「木で作る」という選択。
それは、前例のほとんどない挑戦でした。
八木さん:
父は、人がやらないことをやる人でした。
周りがやっていないなら、やってみようっていう考え方でしたね。
八木さん自身は、もともと違う道を歩もうとしていました。
八木さん:
中学生の頃までは、ポケバイクでレースをやっていました。
本気で二輪の道を目指そうか迷った時期もあります。
サーキットに通い、レースの世界を目指す日々。
しかし、年齢制限やタイミングの問題もあり、その道は選びませんでした。
八木さん:
どこかで、職人をやってみたい気持ちもあったんです。
父の手元を見て、「これを覚えよう」と思いました。
バイク乗りの少年は、やがて“削る”世界へと進みます。
木から削り出す、3時間の仕事

大内:
木の耳かきは、どんな工程で作られるんですか?
八木さん:
まず大きな角材を切ります。そこから削って、細くして、形を作っていきます。
一本でだいたい3時間ですね。
竹は曲げて形を作りますが、木は曲げることができません。
だからこそ、“削り出す”しかない。
八木さん:
木は曲げられないんです。
だから全部、削って形を出す。そこが一番大変ですね。
材料となる木材は高価で、無駄にできません。
丸鋸での切断作業は危険も伴います。
八木さん:
昔、丸鋸で指をやりました。
それ以来、やり方は変わりましたけど、やっぱり危険はあります。
それでも、手作業をやめることはありません。
八木さん:
工場で量産するものではないですからね。
自分で削って、自分で仕上げる。それがこの仕事です。

なぜ“木”なのか
大内:
木の耳かきの魅力は何でしょうか?
八木さん:
耐久性ですね。それと、痛くなりにくい。
耳にやさしいと思います。
耳かきは医療器具ではありません。
けれど、使い心地は確実に違うといいます。
八木さん:
耳かきって軽く見られがちなんですけど、使う人はちゃんと違いが分かります。
さらに、購入後の調整も行っています。
八木さん:
後からでも無料で調整します。3〜5分で変えられます。
その人の好みに合わせて、削り直します。
道具は、使い手とともに完成していく。
その姿勢は、工芸そのものです。
人とダブらない仕事
現在、耳かきだけを専門に制作している職人は全国でもわずか。
八木さん:
自分以外に2人しか知りません。
箸屋さんが余り材で作ることはありますけど、耳かき専門はほとんどいないですね。
なぜ続けるのか。
八木さん:
人と同じことをやっても意味がない。
やっていないことをやる。それが嬉しいんです。
その姿勢は、バイクに夢中だった少年時代とどこか重なります。
スピードを求めた若者は、今、一本の木をじっくり削り続けています。
佐原で続ける意味
大内:
佐原という町で続けていることについて、どう感じていますか?
八木さん:
この仕事で、佐原の名前が少しでも知られたらいいなと思っています。
伝統的工芸品の認定も、その一つですね。
耳かきは小さな道具ですが、その背景には家族の歴史と町の時間があります。

取材後の1/23(金)に、「佐原耳かき」として千葉県の伝統工芸品に登録されたそうです。

取材後記
耳かきという、身近な道具。
その一本には、3時間もの労力が込められています。
八木さんの言葉には、誇張がありません。
ただ、「人がやらないことをやる」という一貫した姿勢を感じました。
小さな耳かきの中には、三代分の時間も込められているのではないでしょうか。
私自身、八木の耳かきを重宝して使っています。
ここを訪れたときは、ぜひ一本を手に取ってみてください。
その軽さの奥に、削り続けてきた人生の重みが感じられるはずです。

